藪椿(ヤブツバキ)の特徴
全木は大小様々だが、各地に銘木とされる大木が存在する。豊かな濃い緑の葉の中にぽつぽつと小ぶりの紅色の花をつける。
花弁にはふはなく花弁元は締まるが、花弁先は反って比較的大きく開き、侘助系に比べると華やかで蕊先黄色、蕊元白色が良く目だつ。
(写真 東京都立大島公園椿園)
学名がCamellia japonica(日本のツバキ)とされ文字通り日本を代表する椿の自生種です。比較的寒い時期から開花することが旧来から好まれました。また木は木炭の原木として優秀かつ果実を絞った椿油は古来から珍重されました。伊豆諸島では多く分布し特に利島では椿関連産業が基幹産業です。
自然の中のツバキ
ツバキは元々日本列島の海に近い林で自生していたものと思われます。「海に近い」ということは冬の寒さが温かい海水の影響で少しでも和らげられるからでしょう。実際ヤブツバキは寒さに対してさほど強くありません。
伊豆大島や伊豆半島、あるいは筆者の出生地である高知などでは自生椿の名所がいくつかあります。下の写真は伊豆大島の実生椿を撮影したものですが、周りに温帯に多いスダジイや亜熱帯を思わせるソテツがあることから暖かめの温帯が自生地としては最も向いているものと思われます。
ヤブツバキは多くのツバキの原型
ツバキには非常に多くの品種が存在しますが、そのうちの多くは自生しているヤブツバキの個性的な花を付けた枝を別途栽培して典型的なヤブツバキとは異なる品種として取り上げたものです。
例えば下の香紫は1960年代後半に自生しているヤブツバキから選抜された品種です。典型的なヤブツバキと比較すると蕾が大きい一方で花が少し小ぶりという特徴があります。更にその名の通り強い香りがあるのが特徴です。
ヤブツバキにメジロは定番
ツバキは典型的な鳥媒花です。ツバキの開花時期にはいくら温帯と言っても昆虫類はほとんどいませんし、何より椿の開花期にはメジロが椿に集まっていることからも分かります。
筆者が子供のころには「かすみあみ」でメジロを捕まえてその愛らしい姿を愛玩するという趣味人もいましたが、現在ではメジロを捕まえるのは法律に触れます。ツバキの花に自然に集まってくるのを楽しみましょう。
完全な余談ですが、所謂ウグイス色をした小鳥はメジロです。地域によってはウグイスが鳴き始めるころメジロが木々の花の間を行き交うことから誤解されたものと思われます。本物のウグイスの色は深煎りのほうじ茶の色に例えられ所謂ウグイス色に比べるとかなり暗い色です。
伊豆大島にはヤブツバキの古木が多い
ツバキは全体的に成長の遅い木ですが、ヤブツバキもその例に漏れません。例えば筆者の父の生誕地近くに樹齢400年と言われる椿がありますが、この周囲が1.5mです。勿論大きいのですが、単純換算すると1年で3~4mmしか周囲が大きくならないということです。
そういえば筆者の実家に錦魚葉椿がありますが、定植後30年以上経っていますがまだ余裕をもって両手の指が回せるほどの太さしかありません。ちなみに杉は35~60年で柱のサイズになりますから比べると椿の成長の遅さが分かります。
伊豆大島のヤブツバキは100年以上は経っていようかという古木が多く、大島公園椿園もそれを活かした作りになっています。古木にはウロが出来てその中にシダの仲間が寄生しているのを見ると経てきた時の長さを感じられます。
ヤブツバキの実
伊豆諸島の利島では植生の8割がヤブツバキでその実は他の島の者に比べて大型のものが多いそうです。これは環境がヤブツバキに向いているというだけではなく古くからツバキ油精製を主な産業としてきた利島では人による選択圧が存在したからでしょう。
なおツバキ実はそのままでは食用には適しません。そういえば伊豆大島に大量に帰化しているタイワンリスも椿の実を食べているのは見たことがありません。彼らの多くは椿と共に大島に多いスダジイの実、つまりいわゆる椎の実をよく食べています。
一方でツバキの実から精製されるツバキ油は食用、美容用として高級品です。筆者は残念ながらツバキ油の揚げ物は食べたことがありません。価格を見ると500mlで1万円近くしちょっと無理というのが実感です。美容品としてのツバキ油は使用したことがあります。髪や肌の保湿にしようできる、比較的軽く伸びの良い油で微香が好ましいものです。
ツバキの木は古木になると、その種類に典型的な花とは少し異なる花を付ける変わり枝が出やすくなります。前述した香紫もそうですし、下の三原大輪もその一つです。香紫は香りが特徴でしたが、三原大輪はその名の通り典型的なヤブツバキの花に比べて大輪の花を咲かせるのが特徴です。
三原大輪は手元の資料には掲載されておらずかなり最近の作出品種かと思われます。WEB上を検索しても情報がないのでひょっとすると三原大輪の花の写真は本邦初公開かもしれません。ちなみに椿の品種は手元の資料にあるだけで2000種を超えていますがまだまだ増えています。これからも個性的な、特徴的な、美しい品種が作出されることでしょう。
ヤブツバキの魅力は深い緑の葉に生える紅色の花弁と黄色の蕊の色の取り合わせでしょう。またそれらの色が明るすぎず落ち着いた色であるところが粋であり侘びなのだと思われます。また好ましい微香はむせかえるようなことはありません。
また実生の椿は花付きの個体差が大きいですが、「咲き誇る」ではなく「力強く咲いている」という印象です。一つ一つの花を見ると傷んだ花がほとんどなのですがそれがまた野生の強さを感じさせる要因かもしれません。故城山三郎の小説に「粗にして野だが卑ではない」がありますが、まるでヤブツバキを評したようでもあります。